高い現役進学率、それが八千代松陰の特長の一つです。
生徒一人ひとりの可能性を最大限に引き出し、より良い進路へと歩んでいけるように、大学入試はもちろん、さらにその先の未来を見据えて徹底的なサポートを行っています。
八千代松陰では、毎年生徒の9割以上が大学進学を目指しています。習熟度別クラスや大幅な選択科目制授業を取り入れたカリキュラムなどの成果により、多くの生徒が現役で大学に進学しています。

進学・IGS・AEMの全てのコースから国公立大学や有名私立大学に多数合格しています。
※( )内は現役合格者
| 国公立大学 | |
| 釧路公立 | 1(1) |
| 北海道(医) | 1(0) |
| 公立はこだて未来 | 1(1) |
| 弘前 | 1(1) |
| 東北 | 1(0) |
| 宮城教育 | 1(1) |
| 会津 | 1(1) |
| 茨城 | 4(4) |
| 筑波 | 1(1) |
| 千葉(医1) | 14(11) |
| 千葉県立保健医療 | 2(2) |
| お茶の水女子 | 1(1) |
| 東京学芸 | 1(0) |
| 一橋 | 2(1) |
| 横浜国立 | 1(1) |
| 新潟 | 1(1) |
| 金沢 | 1(0) |
| 金沢美術工芸 | 1(0) |
| 都留文科 | 2(2) |
| 長野 | 1(1) |
| 名古屋 | 1(1) |
| 香川 | 1(1) |
| 長崎 | 1(1) |
| 熊本 | 1(1) |
| 大分 | 1(1) |
| 鹿屋体育 | 1(1) |
| 琉球 | 2(1) |
| 防衛医科(医) | 1(0) |
| 私立大学 | |
| 早稲田 | 6(4) |
| 慶應義塾 | 10(8) |
| 上智 | 5(3) |
| 東京理科 | 22(15) |
| 学習院 | 18(15) |
| 明治 | 36(25) |
| 青山学院 | 20(8) |
| 立教 | 31(17) |
| 中央 | 16(12) |
| 法政 | 23(16) |
| 成城 | 10(7) |
| 成蹊 | 14(11) |
| 明治学院 | 17(9) |
| 獨協 | 13(10) |
| 國學院 | 31(29) |
| 武蔵 | 10(9) |
| 日本 | 134(110) |
| 東洋 | 106(87) |
| 駒澤 | 18(15) |
| 専修 | 5(2) |
| 神田外語 | 12(12) |
| 順天堂 | 20(19) |
| 東邦 | 35(32) |
| 芝浦工業 | 6(5) |
| 東京農業 | 16(13) |
| 同志社 | 4(4) |
| 立命館 | 3(3) |
大学の学部学科および入試の多様化に合わせ、さらに大学卒業後の進路まで見据えた指導を心がけています。早い時期から進路相談や各種ガイダンスをとおして生徒の意識を高めるとともに、一人ひとりの個性や学力に応じてきめ細やかに進路指導を行っています。
的確な進路選択を行うために、職業に関する知識を身につけると同時に今後の社会情勢も見越した将来設計を立てます。
多様化する学部系統の内容を把握し、自ら定めた将来の目標に適した分野をしぼりこみます。
目標とする大学の情報を収集し、さまざまな角度から比較検討し、自分にとって最もよい学習環境を見つけ出します。
草創期のIGS(特進)コースで学んでいました。入学から3年間、顔ぶれが変わらない仲の良いクラスでした。よく覚えているのは、語学研修で約1ヵ月間、ニュージーランドに滞在したことです。寮生活、ファームステイ、ホームステイと、1週間ごとに変わる住環境の中で、文字どおり“寝ても覚めても周りは英語”という充実した日々を送りました。当時からあったグローバルな視点は、今も大切にしています。中学の終わり頃、私は椎間板ヘルニアの手術をしました。「医学部に行く」というまだおぼろげな目標が、「こういう医師になりたい」と、明確な目標に変わった出来事でした。そんな私の大学受験にあたり、徹底した個別指導に時間を割いてくださった担任と諸先生方に、今も感謝しながら頑張っています。
姉妹揃って松陰生でした。習熟度別でクラスが入れ替わるLR制がとても印象深く、教科書を持って教室を移動していたことが懐かしいです。漠然とスポーツに関わる仕事がしたいと考えていたある日、図書館でたまたま手に取ったのが、プロ野球チームで働く栄養士の本でした。今の道を志した決定的なきっかけです。公認スポーツ栄養士としてオリンピック選手やプロ野球チーム、そして今は大学ラグビー部の栄養スタッフとして、食事面からアスリートたちのからだ作りやパフォーマンス向上のサポートをしています。食育を行う上でまず最初に伝えることは、「知識よりもまず意識をもつことが大事!」ということです。からだを変えたい、強くなりたいという意識がなければ知識があっても食行動を変えることはできないと考えるからです。八千代松陰時代に多くの生徒、先生方と関わり、コミュニケーションを取ることの大切さを学んだ時間が今、大きな力になっていることを感じています。
野球がしっかりできる環境があり、勉強も疎かにしないということを条件に、AEM(特進)コースがある八千代松陰を選びました。高3の夏、甲子園出場をかけた千葉県大会の決勝戦で惜敗したものの、一度は大逆転した瞬間の光景や、学校を挙げて応援に駆けつけてくれた中での全力のプレーは、忘れられない思い出です。体育祭などの行事でも、仲間たちと一致団結して戦いました。生徒数が多い学校なのに、松陰生という名の下に1つになった数々のシーンが宝物です。野球と勉強の両立で、第一志望校の合格を勝ち取った私は今、憧れのチームでプレーしています。目標は大学野球で日本一になることです。生徒一人ひとりに寄り添ってくれた母校の先生方に感謝しながら、さらなる飛躍をめざしています。
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